2010/12/16

フィードバックのはやい

写真を受け取りにいった。
10月に祖母を撮影したものと、約2年前に撮影したフィルム数本。
最近は現像のみでプリントはせず、DVDに焼いてもらうことにしてる。
DVDをパソコンに入れて、自分の撮影した写真をみると、好きだな思えるのはほんの数枚。
あとは許せない感じのするもの。。。

デジタルカメラ全盛の今も、まだ買っていない。
フィルムにこだわってるというのか。
でも、デジカメ便利だし、携帯カメラはすき。
デジカメの怖いのは、自分とカメラが両思いになる為だけの対話だけで写真が構成されてしまいそうだからかもしれない。
液晶画面を見ながら自分好みの設定をつくってから、それを切り取るシャッターを押すかどうかを決めることができてしまう。現実をフォトショップでいじって、いい感じのところで保存するように。
液晶をつかわずにファインダーを除いて撮影したとしても、撮った写真をすぐさまみて、修正点を見つけ出し次の撮影にいかせてしまう。
そのなにか、カメラと私の距離が近すぎる感じ、なにか自己愛に似たような、感覚を持つのではないだろうかと想像し、私は少し怖い。それは私の場合は、であって、デジカメを使う人すべてがそのような感覚を持つ訳ではないとは思う。私の場合はその中で充足して内へ内へといってしまわないかと、まだ手にしてもないのに恐れてる。
他の人々はどのような感覚をもっているのか、知りたい。
私はまだ、好きな写真が数枚しかとれないフィルムの不確定性の方が自分との距離があって安心する。


撮られた像がフォードバックされる時間が短いことにおいて、デジカメは、鏡をみているのに近かったりしないだろうか。

2010/11/14

虫も

こないだ思った。
虫とかもさ、日陰とか、日なたとか、好みの場所に移動するでしょう。
だからきっとやつらも太陽は東から上って西に沈むこととか、どのルートをとるかとか知ってるのではないか、と。
それは知性、とはまた違うのかしら。

おけさ柿

しあわせ!
これだよ。この堅さ。最高。
抜けきっていない渋の気配がかすかに感じられはしても、気のせいかなと済ませられるくらい、そしてさわるとへこまないくらいの堅さの柿。
本当においしいのです。
写真とろうと思って二個目をむきました。
おじちゃんのほうじ茶とあわせて佐渡三昧。
今年の秋は佐渡度(←いいにくい)が高い。

2010/10/21

2010/10/20

つぶやきんぐ

グレゴールシュナイダーを見た。
おしいれのぼうけんを思い出した。ねずみばあさんこわかった。
個人のオブセッションを真摯に極めていいこと、その対価として多額のお金が取引されること、ヨーロッパは不思議の国だ。そうやって、いろいろなアーティストがわたしたちの目の前に姿をみせてくれる。

ブーツをかった。40歳になってもはけるブーツ。

今日のサンドイッチはいもと卵。おいしかった。
りんごを丸かじりすると外人気分だ。

ツイッターをやめてみた。

毎日納豆を食べることにした。

美容院の予約をした。

なんでもツイッター用のつぶやきに心が変形してることにきづいた。
そのことがなんだかとてもおもしろい。

ひきかえ

金のネックレスなくした。
パレスチナのペアグラスの片方がこわれた。軽い、ぱりんという音だった。
不注意。

いのちのかわりになくしたりこわしたりする。
幾度かそういうことがあった。私は健康で大病しないかわりに
ものがなくなっていったりする。ひきかえなんじゃないかって思う。
怪我したりもする。けど、たいしたことじゃない。

なくしたりいなくなってしまった大切なものは
今でも大切だ。すきだ。

所有するってなんだろう。手が触れられることなのかな。
でも、すべてのものに手なんか触れてないよ。見ることすらしてない。

2010/08/02

その日の天使

東京堂で中島らもの「その日の天使」を、ちらっと立ち読む。
The day's divinity, the day's angel

1000円くらいだろうと思ってレジに差し出した本が2000円したのだ けれど、この本はきっとわたしの、今日の天使だってしってる。
新刊コーナーの角っこにちょこっと置いてあった銀色の文庫サイズ、編集 グループSUREさん、あ、しってる、見たことある、面白そうな本を作ってる方々だ、、

鶴見俊輔、もうろく帖、

日記、だった。

言葉が引用されていたり、
ぽつりぽつりとあったり。



言葉そのものは、もちろんとても大切、でもその言葉がそのタイミングででてきたこ と、定着されたこと、どんな言葉にもある、きざまれた場所。みてみたい。
それをつないだり、重ねたり、すかしたりしてみたら、それをみてる今日が、遠くの今日とつながるきがする。
星座みたく。