おばあちゃんの足を揉んだ。
おばあちゃんの顔をマッサージして、頭をさわって、肩、腕、腰、足、を触って揺すってマッサージのまねごとかもしれないけれど、いろんなとこ触った。
おでことおでこをくっつけた。
胸に耳を当てて、心臓の音を聞いた。
手を揉んだ。
足も手も、末端からマッサージしていくと毛細血管から赤い色がでてきた。
太めの血管は末端から中心に圧を加えると、血液が流れる様が見れた。
クリームをぬって滑りを良くしたため、皮膚は湿ってうすいうすい透明の膜のようだった。
あしがむくんでゴム風船にふくれて鑞のような質感だったが、指先からすこしずつほぐしてあげると、暖かくなり、赤みを帯びた。骨に沿って水分を押し上げる。水分は手の全体に圧を抱えて上に押し上げると目に見えて皮膚の下を移動した。
夜にかけてまたむくみ、
朝がたからまた、マッサージをした。
5時過ぎだったか、
病室の窓の外の明るさで目覚めて、見ると、海から出たばかりのまんまるの太陽がそこにあった。びっくりした。
台風がまだ近くにいる為さまざまな雲があり、朝日に焼けていた。
おばあちゃん、すごいきれいだよ、みて、朝日!
というと、
少しわらった。
笑う表情も、かすかに出た声も、ずっと前から知ってるおばあちゃんのそれとかわらないものだった。かわいらしい声。
目をあわせておばあちゃんが少し目を開いて目配せ、みたいなのをした瞬間もあった。
かなでだよ、というと、少しわらったりした。
絶対に来週も会えると信じて過剰なお別れはしなかった。
でも帰って来て、風呂に入りながら、私は、おばあちゃんが息を引き取る瞬間を想像したら泣けてきた。思い出し泣きではなく、予想泣き。
覚悟するとかそういうのではない。
ただ、少しずつ現実になっていくのを、準備している。
おばちゃん、おじちゃんたちの介護の苦労、三人で頑張ってきて日々に感謝したいから、
なくなったらおばちゃんとおじちゃんとねぎらって旅行につれていってあげたいなとか、
そんなことすら考える。
でも、来週また会えると信じてる。
だって、おばあちゃん、いいにおいがして、まだ死ぬって感じじゃなかったもん。
身体もきれいにしてもらってて、大切にされてるなって思った。
みなさんが大切にしているところに少しだけわたしも混ぜてもらって、存分におばあちゃんに触れてうれしかった。
息の音も、皮膚の質感も、目の大きさも、目の見ている方向も、口の動きも、耳の形も、骨ばかりの腕か足の間接も、膝も、爪の先も、首の後ろも、唇の周りも、全部さわって、確かめた。
どこもいいにおいがして、あたたかくて、つやつやして、生きていた。
触ると脈動があった。
指先を揉むと反射で動いた。手を取ると指をこちらへ折り曲げたし、目やにをとろうとすると目をぎゅっとつむったし、マッサージ痛い時は眉間に皺がよった。
帰りがけ港への車中でにおばちゃんが
「どんなものにも魂があって、おばあちゃんの魂にはかなちゃんの気持ちが伝わったよ」といった。こちらに着いたよとさっき電話したらそのときも同じことをいった。
伝わったもの、こと、は、おばあちゃんが死んだらどうなるんだろう。そもそも生きてても死んでても、それははどうなってるんだろう。
せめて、それを考えようと思った。
2011/06/20
2011 梅仕事 1
梅ジュース用梅 5kg (250円/kg 奈良産 サミットにて購入)
梅肉エキス用梅 4kg (580円/kg 群馬産 サミットにて購入)
氷砂糖 6kg(425円/kg サミットにて購入)
広口瓶 5L(880円 サミットにて購入)
■梅肉エキス
恩蔵さんと。
・摺り開始時間 6月18日 19:00頃
(その前に洗ってへたをとっている)
・4kg目標だったが2.5kgほどで力途絶える。(午後10時頃)
・夕食をとって休憩、恩蔵さんが夜中にしぼってくれる。
・この日は絞り汁を鍋のまま冷蔵庫へ。
・朝11時くらいから鍋を火にかける。
(一時間くらい前に冷蔵庫からだして室温に戻してから)
・火は極弱火。ゆっくりあたためる。
・13時くらいには煮詰まった状態になる。途中あく取りは3〜4回くらい。
・へらでなるべく鍋はだについたエキスをこまめに落とすとよいみたい。
・出来上がりは50gはいるビンに2つ。だいたい90gくらいかな。2.5kgで。ネットでしらべると1kgから20gできるとかいてあったりするが、これでよいのだろうか。(しかししっかり煮詰まってわりと固めである。)
■梅ジュース
・5kg+1.5kg(エキスに挫折した分)
・18日夜に冷凍庫へ。
↓
追記
・25日夕方、氷砂糖につける。割合は1:1。よく洗ったビンの中や口をを念のため白ワインビネガー(たまたまあったお酢)でふいてから。それから、いくつかのビンには酢をまわしかけた。なんとなく、発酵を防止するため。(気温が既に高いので)

↓
追記2(7/5)
エキスが出始めて3日くらいのころは酢の匂いが勝っていて、お酢をまわしかけたのは失敗だったなとおもったけれども、一週間以上たってエキスができって凍砂糖もとけきってしまうと酢は気にならない。
☆今年は250円/kgの梅をゲット。毎年思うけど、いくらの、どんな状態の梅と出会うかは運だなあ。今日夜サミットにいったらもう250円のはでてなかった。
梅肉エキス用梅 4kg (580円/kg 群馬産 サミットにて購入)
氷砂糖 6kg(425円/kg サミットにて購入)
広口瓶 5L(880円 サミットにて購入)
■梅肉エキス
恩蔵さんと。
・摺り開始時間 6月18日 19:00頃
(その前に洗ってへたをとっている)
・4kg目標だったが2.5kgほどで力途絶える。(午後10時頃)
・夕食をとって休憩、恩蔵さんが夜中にしぼってくれる。
・この日は絞り汁を鍋のまま冷蔵庫へ。
・朝11時くらいから鍋を火にかける。
(一時間くらい前に冷蔵庫からだして室温に戻してから)
・火は極弱火。ゆっくりあたためる。
・13時くらいには煮詰まった状態になる。途中あく取りは3〜4回くらい。
・へらでなるべく鍋はだについたエキスをこまめに落とすとよいみたい。
・出来上がりは50gはいるビンに2つ。だいたい90gくらいかな。2.5kgで。ネットでしらべると1kgから20gできるとかいてあったりするが、これでよいのだろうか。(しかししっかり煮詰まってわりと固めである。)
■梅ジュース
・5kg+1.5kg(エキスに挫折した分)
・18日夜に冷凍庫へ。
↓
追記
・25日夕方、氷砂糖につける。割合は1:1。よく洗ったビンの中や口をを念のため白ワインビネガー(たまたまあったお酢)でふいてから。それから、いくつかのビンには酢をまわしかけた。なんとなく、発酵を防止するため。(気温が既に高いので)

↓
追記2(7/5)
エキスが出始めて3日くらいのころは酢の匂いが勝っていて、お酢をまわしかけたのは失敗だったなとおもったけれども、一週間以上たってエキスができって凍砂糖もとけきってしまうと酢は気にならない。
☆今年は250円/kgの梅をゲット。毎年思うけど、いくらの、どんな状態の梅と出会うかは運だなあ。今日夜サミットにいったらもう250円のはでてなかった。
2011/06/19
ブロッコリパスタの作り方
材料:(1人分)
ブロッコリ 1房(半分でもOK)
パスタ 80〜100g(食べたい量でOK)
塩 一握り
ニンニク 2片(好きなだけいれてもいい)
鷹の爪 1つ(あまり辛くならないように注意)
オリーブオイル 大さじ2くらい(すごい適当、でも多めがいい)
作り方:
1)鍋に水を入れて火にかける。
2)ブロッコリを食べやすい大きさに切り分ける。芯は周りの堅い皮をざっくりきりとって真ん中の柔らかいところを1cm程度の輪切り。
3)ニンニクをみじん切りにする。鷹の爪は細かくする(このあたりは好みで適当に)
4)フライパンにオリーブオイル、ニンニク、鷹の爪を入れて、極弱火にかける。
5)お湯が沸騰したらまず塩を一握り投入。塩加減はここで決めるので思い切ること。
6)5)にブロッコリを投入。一度温度が下がるので再沸騰したらパスタを投入。
7)パスタは茹で時間より若干はやめに引き上げて、ブロッコリと共にニンニクのはいったフライパンへ。少し茹で汁も入れる。(お玉一杯弱くらいいれても大丈夫)
8)フライパンを揺すって全体を混ぜる。ブロッコリとパスタとニンニクが渾然一体となるように。仕上げのオリーブオイルをまわしかける。
9)熱々のうちにお皿にもって、好みで胡椒、チーズなどをふりかけていただく。
ポイント:材料はすべて適当でよい。塩加減はゆでる時に決まるようにする。(だいたいゆで汁がちょっとしょっからいなというくらい。わりと思い切っていれていい)パスタが太め(1.6mm)で茹で時間が10分とかの場合はブロッコリはパスタのあとにいれてもいいかもしれません。
これを食べると元気になります。一人でブロッコリ一房いくときはパスタは50gとかでも食べがいのある一皿になります。
ブロッコリ 1房(半分でもOK)
パスタ 80〜100g(食べたい量でOK)
塩 一握り
ニンニク 2片(好きなだけいれてもいい)
鷹の爪 1つ(あまり辛くならないように注意)
オリーブオイル 大さじ2くらい(すごい適当、でも多めがいい)
作り方:
1)鍋に水を入れて火にかける。
2)ブロッコリを食べやすい大きさに切り分ける。芯は周りの堅い皮をざっくりきりとって真ん中の柔らかいところを1cm程度の輪切り。
3)ニンニクをみじん切りにする。鷹の爪は細かくする(このあたりは好みで適当に)
4)フライパンにオリーブオイル、ニンニク、鷹の爪を入れて、極弱火にかける。
5)お湯が沸騰したらまず塩を一握り投入。塩加減はここで決めるので思い切ること。
6)5)にブロッコリを投入。一度温度が下がるので再沸騰したらパスタを投入。
7)パスタは茹で時間より若干はやめに引き上げて、ブロッコリと共にニンニクのはいったフライパンへ。少し茹で汁も入れる。(お玉一杯弱くらいいれても大丈夫)
8)フライパンを揺すって全体を混ぜる。ブロッコリとパスタとニンニクが渾然一体となるように。仕上げのオリーブオイルをまわしかける。
9)熱々のうちにお皿にもって、好みで胡椒、チーズなどをふりかけていただく。
ポイント:材料はすべて適当でよい。塩加減はゆでる時に決まるようにする。(だいたいゆで汁がちょっとしょっからいなというくらい。わりと思い切っていれていい)パスタが太め(1.6mm)で茹で時間が10分とかの場合はブロッコリはパスタのあとにいれてもいいかもしれません。
これを食べると元気になります。一人でブロッコリ一房いくときはパスタは50gとかでも食べがいのある一皿になります。
2011/05/25
2011/05/11
About Face
今、読み終えました。
読み終えるまでは訳者とは話すまいと決めてとりかかりました。
長い旅だった。沢山の言葉と文字と話が詰め込まれていて、見た目の大きさ(厚さ)からするよりもずっと長い旅だった。
ジョナサンも何度も旅という言葉を使っているけれども、私も旅をしていた。
もしかしたらだけど、それはネバーエンディングストーリーのようだった。ジョナサンが人々を訪ねる旅、訪ねられた人々の旅、それを英語から日本語に訳す訳者の旅、それを読む私の旅、そうやって、いくつもの視点が私の前に存在していることを感じていた。ネバーエンディングストーリーでは少年が本を読みながら、お話の中に入っていく、それを私たちが読むように。
本を読み始める前。
展覧会が終わって、事態の整理や処理を気持ちの上で行えなかった。展示方法も、あんな風に見てもらうことも初めてだった。それを自分の中で処理できない。
フィードバックをもらえたり、もらえなかったりした。
いいねと言われてうれしいという気持ちと同時に、まだ存在しているどうしても振り切る事のできない出来事、動けない記憶の場所、何度も反芻しては強化してしまっている感情があった。
私は、その感情を捨てる決心をした。
なぜなら、どんなに作品をつくっても展覧会をやっても、充実感があっても、仲間とお酒をのんでもその感情はなくならないんだと知ったから。
すごくハッピーなことがあったら忘れられるとかいう都合のいい足し算引き算にはなってなくて、これはなくならない。
だから、意識的に捨てるべきなんだ。この決意がいいとか悪いとかはわからない。ただ、そう思った。できなかったらまた考える。
けれどもやっぱり捨てるのは容易ではなくて、本を読みながら、私はドナの言葉をかりながら、振り切る事のできない出来事をまた参照し、自己弁護した。
また、メビウス症候群の人々のところでは「顔」という言葉を「作品」に置き換えてみたりもした。(もちろん「顔」としても読みながら)
自分にとって表現とは、というところにどこか接触するように思えた。
読んでいると訳者である友人のの言葉がときおり、降ってくるのだった。2年の間たくさんしゃべったから、あのときこんな事いってたな、とかこんなこと話したな、とか。私はそこここに彼女をみつけた。例を挙げようと思ってページの端を折ったつもりが今見つからないので、具体的には挙げられないけれども。すごくささいなところ。でも彼女の感性(というか、信念?)によって導きだされた訳なんだ。
あとがきにもあるけど、それらは彼女の中心の問題でもあるからこそ、ジョナサンの先にいる人の言葉がこちらがわに届けられる言葉になったのだと思う。それは読者にとっては幸福なことだ。私は彼女と会話をしている時のような気持ちになったし、特別な人の話であると同時にすべての人がどこかで持っている問題として、自分の問題として読んだ。
それから2年間この文章に寄り添い続けた、私の知らない彼女の時間。人の時間。
わたしは今日、ヨガからの帰り、少しだけ体調がよくなって(微妙に風邪をひいてた)、本の影響もあり、踊るように歩いてみた。(ちょっとへんてこだったかも)
読み終えるまでは訳者とは話すまいと決めてとりかかりました。
長い旅だった。沢山の言葉と文字と話が詰め込まれていて、見た目の大きさ(厚さ)からするよりもずっと長い旅だった。
ジョナサンも何度も旅という言葉を使っているけれども、私も旅をしていた。
もしかしたらだけど、それはネバーエンディングストーリーのようだった。ジョナサンが人々を訪ねる旅、訪ねられた人々の旅、それを英語から日本語に訳す訳者の旅、それを読む私の旅、そうやって、いくつもの視点が私の前に存在していることを感じていた。ネバーエンディングストーリーでは少年が本を読みながら、お話の中に入っていく、それを私たちが読むように。
本を読み始める前。
展覧会が終わって、事態の整理や処理を気持ちの上で行えなかった。展示方法も、あんな風に見てもらうことも初めてだった。それを自分の中で処理できない。
フィードバックをもらえたり、もらえなかったりした。
いいねと言われてうれしいという気持ちと同時に、まだ存在しているどうしても振り切る事のできない出来事、動けない記憶の場所、何度も反芻しては強化してしまっている感情があった。
私は、その感情を捨てる決心をした。
なぜなら、どんなに作品をつくっても展覧会をやっても、充実感があっても、仲間とお酒をのんでもその感情はなくならないんだと知ったから。
すごくハッピーなことがあったら忘れられるとかいう都合のいい足し算引き算にはなってなくて、これはなくならない。
だから、意識的に捨てるべきなんだ。この決意がいいとか悪いとかはわからない。ただ、そう思った。できなかったらまた考える。
けれどもやっぱり捨てるのは容易ではなくて、本を読みながら、私はドナの言葉をかりながら、振り切る事のできない出来事をまた参照し、自己弁護した。
また、メビウス症候群の人々のところでは「顔」という言葉を「作品」に置き換えてみたりもした。(もちろん「顔」としても読みながら)
自分にとって表現とは、というところにどこか接触するように思えた。
読んでいると訳者である友人のの言葉がときおり、降ってくるのだった。2年の間たくさんしゃべったから、あのときこんな事いってたな、とかこんなこと話したな、とか。私はそこここに彼女をみつけた。例を挙げようと思ってページの端を折ったつもりが今見つからないので、具体的には挙げられないけれども。すごくささいなところ。でも彼女の感性(というか、信念?)によって導きだされた訳なんだ。
あとがきにもあるけど、それらは彼女の中心の問題でもあるからこそ、ジョナサンの先にいる人の言葉がこちらがわに届けられる言葉になったのだと思う。それは読者にとっては幸福なことだ。私は彼女と会話をしている時のような気持ちになったし、特別な人の話であると同時にすべての人がどこかで持っている問題として、自分の問題として読んだ。
それから2年間この文章に寄り添い続けた、私の知らない彼女の時間。人の時間。
わたしは今日、ヨガからの帰り、少しだけ体調がよくなって(微妙に風邪をひいてた)、本の影響もあり、踊るように歩いてみた。(ちょっとへんてこだったかも)
2011/05/09
2011/03/23
チーム
過去の自分と今の自分はつながってるけど、目の前の友人に比べたらずっと遠いところにいる「誰か」のようだ。
今、作品を作ろうとしている。
作品というと何か、クリアなまとまりを思い浮かべる。私は単純な作品をつくる傾向がある。
今の私には何かひとつ壮大なモノを作る技術も根気も資金も時間もない。
いや、ないというのではなく、私の生活はそれらを手に入れるため努力をしていないので、壮大なモノはつくれない。
さて
私は今の私にできることをやればいいのかもしれない、と本気で思い始めている。
それでいいと、友人は言ってくれる。楽しみにしている、と。
友がそういってくれるのは安心する。けど、本気で、というのは、友がそういってくれるからではなくてそれがベストである道筋がみえたということでもある。思い始めた、けれど、まだ少し迷いがある。少し進んでは迷う。
それがベストでないならばやってはいけないからである。
私は作品というものを人にあまり見せてこなかった。どうしても、作品は恥ずかしいもの、だった。
恥ずかしいのがいやだからシステマチックでクールであればいいと思うが、恥ずかしさから逃れる為にシステマチックな様相を呈している作品というのは、本当のシステマチックから創造している作品に激烈に劣るのだ。
それはわかるんだ。
私はなにも見せられなかった。
この一か月以内に私は見せる場所を持つことになる。
その場所をどのようにしたらいいのかをずっと考えている。
考えた結果、私の手助けとなるのは、今の私、そして過去の私だった。過去の私のやったこと、未来を考えずに身体が反応してやったことの痕跡がかろうじて残っている。本当にかろうじて、だ。恥ずかしいからだけでなく、表現としてもそれらは脆弱で表にだすクオリティに著しく欠けていると判断されたモノたちだ。でも、それらを何度も何度も見返すと、確かに何かを行為しているのだった。美しいシステムではないけれど、一貫してやっているのだった。ああ、これは今の私だから見える一貫であって、それならば、これをなんとか、なんとか、見てくれる人に伝えることはできないだろうか。私の物語として伝わるんじゃなくて、私を通過してでてきちゃったモノたちの法則が伝わるように、できないだろうか。
私同士のコラボレーションになる。
ちゃんと「投石」というタイトルにふさわしく、思える。
それぞれのパーツをそれぞれの私が負ってくれる。
今の私はそれぞれやそれぞれをチューニングすることが仕事だ。
「チーム私」のリーダーだ。
今、作品を作ろうとしている。
作品というと何か、クリアなまとまりを思い浮かべる。私は単純な作品をつくる傾向がある。
今の私には何かひとつ壮大なモノを作る技術も根気も資金も時間もない。
いや、ないというのではなく、私の生活はそれらを手に入れるため努力をしていないので、壮大なモノはつくれない。
さて
私は今の私にできることをやればいいのかもしれない、と本気で思い始めている。
それでいいと、友人は言ってくれる。楽しみにしている、と。
友がそういってくれるのは安心する。けど、本気で、というのは、友がそういってくれるからではなくてそれがベストである道筋がみえたということでもある。思い始めた、けれど、まだ少し迷いがある。少し進んでは迷う。
それがベストでないならばやってはいけないからである。
私は作品というものを人にあまり見せてこなかった。どうしても、作品は恥ずかしいもの、だった。
恥ずかしいのがいやだからシステマチックでクールであればいいと思うが、恥ずかしさから逃れる為にシステマチックな様相を呈している作品というのは、本当のシステマチックから創造している作品に激烈に劣るのだ。
それはわかるんだ。
私はなにも見せられなかった。
この一か月以内に私は見せる場所を持つことになる。
その場所をどのようにしたらいいのかをずっと考えている。
考えた結果、私の手助けとなるのは、今の私、そして過去の私だった。過去の私のやったこと、未来を考えずに身体が反応してやったことの痕跡がかろうじて残っている。本当にかろうじて、だ。恥ずかしいからだけでなく、表現としてもそれらは脆弱で表にだすクオリティに著しく欠けていると判断されたモノたちだ。でも、それらを何度も何度も見返すと、確かに何かを行為しているのだった。美しいシステムではないけれど、一貫してやっているのだった。ああ、これは今の私だから見える一貫であって、それならば、これをなんとか、なんとか、見てくれる人に伝えることはできないだろうか。私の物語として伝わるんじゃなくて、私を通過してでてきちゃったモノたちの法則が伝わるように、できないだろうか。
私同士のコラボレーションになる。
ちゃんと「投石」というタイトルにふさわしく、思える。
それぞれのパーツをそれぞれの私が負ってくれる。
今の私はそれぞれやそれぞれをチューニングすることが仕事だ。
「チーム私」のリーダーだ。
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