2008/10/31

決心

今日、決心した。

おばあちゃんおめでとう

今日はおばあちゃんの誕生日。
10月の〆です。

わたしも一つ、歳を重ねました。
地球がきっかり32回まわったよ。

今年の目標は、歯と歯茎を健康に。

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10月はえらく体が重い月だった。
9月の最終週からずっとで、「ここんとこ体がぼんやりしてるな~」と重いながら1ヵ月もたってしまった。人の感じる時間の長さと言葉はたいてい一致していない。「ここんとこ」はだいたい一週間くらいの感覚で、1ヵ月も続くとは思わない。
そうやって、1年、10年、とたって行くのかもしれない。時間のことは経験でしか体得できないから恐怖でもある。しかしその恐怖はとても空虚な恐怖。すぐに忘れる。

ぶくぶくぶく。バブルのように体がふくらんでいってる。


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つづく。

2008/10/25

一幸庵

昨日会社の近くにある評判の和菓子屋さんで二つ、お菓子を購入しました。
以前も何度か買ったことはあるけれど、プレゼント用で食べたことはないです。
お給料日前日だったけど、コレくらいの出費なら大丈夫そうだったから。
二つでたしか700いくらか。

一つは栗きんとん、もう一つは銀杏ののったおモチ(?)
本当は当日中にいただくべきものだけど、翌日まではなんとかOKだそうなので
翌日、しかもぎりぎりの深夜にいただきました。

そして、すごく幸せになりました。
栗きんとんはまさにくり!
ぎんなんの方は名前がついていたと思うけど忘れてしまったので、構成を記すと、こしあんが道明寺にくるまれ、上にぎんなんが三つのっています。このこしあんの繊細なこと!!ぎんなんの香りと淡いこしあんと道明寺。ああ。もだえる。。
ふたつとも、砂糖の味がしない。
本当にえらい。素晴らしすぎる。尊敬する。

2008/10/24

ボート!

企業は
ハケンやアルバイト等の非セーキコヨウよりも、
セーキコヨウで
 - 残業つけない
 - 不景気になったら突然クビにする
というのが一番安く済む。

セーキコヨウ=安定

という幻想の元に少々の不満は押さえ込めるし、クビにするのは実際は簡単だ。
この幻想は特に私たちの両親の世代にとってはほとんど義務教育のように当たり前のことであって、その世代の子供である私たちがセーキコヨウになれば無条件によろこんでくれる。親にとってはセーキコヨウ印の船は絶対に難破しない、嵐の海も渡ってゆける大型客船なのだ。
でも、セーキコヨウに初めてなってわかったのは、非セーキコヨウと同じくらいグラグラしているってこと。

要は、どのボートにのっても乗組員個人が足元のバランスを取らなければいけない、ということだ。
船から船へ、海から海へ。渡っていくと思えば楽しいじゃないか。
それに本当は自分でボートを作ってみたりもできるのだろう。
筏や丸太をくりぬいたのから佐渡汽船おけさ丸やジェットフォイルみたいなの、タイタニック、、いろいろだ。
時速なんとかノットで進むもの、オランダの河に浮かぶ住居用ボートのようにただ浮かんでいるもの、井の頭公園の白鳥、、スピードだっていろいろ。

どんなボートを、自分だったら、つくりたいのか。
ボートについて勉強したりしてみようか。

2008/10/23

都会のアリス

ヴィム・ヴェンダースの1974年の映画

アリスはいくつなんだろう、子供で、女だった。
こわがらない、かっこいい女。

外国の映画でときどき、あるいはいつもなのかもしれないが、目にする人々のあの態度――行き当たりばったり感というか、困難に対して「無理じゃん」とならずに、かといってなんとしても解決を図ろうというのでもなく、途中でなんとなく楽しいことを間にはさみながら全体的には鬱とした感じと落胆があるのにも関わらずそちらに引っ張られることなくゆるやかに諦めない態度――には本当に感心すると同時に笑っちゃうし、楽になっちゃうのはなんでなんだろ。それは、余裕のあるなしってお金じゃなくって、優しさとかでもなくって、こういう行動のことなんだなーって思う。
都会のアリスでも、やっぱりそういう態度でアリスのおばあちゃんの家を探すのだ。

ロードムーヴィーの道は作品を超えてつながっていく。
アリスを観ながら今までみたロードムーヴィーの風景の断片が何度も何度も去来した。

2008/10/19

秋の空

ノーベル賞を取った科学者の方々の功績はなんだったのか、をカガクシャに教えてもらった。
まずは4つの力について。重力、電磁力、核力、弱い相互作用というのがある。
この弱い相互作用っていう名前が気に入りました。
そこから話は始まって、、、なんだったかな。
そうそう、宇宙のはじまりは力は一つの力だった、そこから重力ができて、電磁力ができて、、という風に別れていきましたとさ。
という対称性の破れのお話。
ちょっと神話っぽくてなんだかすっと腑に落ちる話だ。
それから鏡にうつった粒子(だっけ?)は同じ振る舞いをするか、とかビデオにとって逆回転にしたら同じ振る舞いをするか、とかじゃあボーズとフェルミをいれかえたら?などを実験して確かめましたとさ。というが次のお話。
+と−、どっちかに偏ってるからこの世は安定しているらしい。両方同じだけあるとうまく結びつく=爆発をしちゃうから世界はいつまでたっても安定しない。

物理をやっている人になんで憧れがあるかっていうと、世界のイメージを人間関係や社会関係や目に見える現象以外のものから作れる知識があるから。知識は豊かな妄想を助けるものだ。

ふわふわした一日だった。
スキップしながら秋の空を見上げたようなことが
あったような。

2008/10/13

伝言レシピ1:ミョウガ梅酢ソース

材料:
ミョウガ
タマネギ
鰹節パック
梅酢

作り方:
1.タマネギは限界に挑戦するくらい小さいみじん切りにして水にさらす。
2.ミョウガもみじん切り。
3.タマネギとミョウガと梅酢と鰹節を混ぜあわせる。

すぐにつかっても3,4日くらいおいてもよい。
レタスとトマト等のなんてことないサラダのドレッシングがわりに使うとなかなか新鮮な味のサラダに。とくにレタスの淡白さにマッチ。オリーブオイルを少し加えてもいいかも。


※クウネルの本の「伝言レシピ」は最高です。
※その精神にならって、思いついたものを書くことにしました。伝言じゃないけど。(誰かに伝言されることを祈って。)

2008/10/12

赤いハンダゴテ

実家の屋根裏で自分の荷物を探っていたら
「工具箱」という段ボールの中から赤い柄のハンダゴテがでてきた!

あああ、ここにあったの?!

少し前にハンダゴテがついに必要になって自宅の工具箱を探したのだがみつからなかったのだ。
おかしいな、絶対にあるはずなのに。使わないだろーなーでもいつか必要になりそうな気がするよと思って、九州にいたときもこっちに移って来てからもずっと工具箱に入れて持っていたのに。

それが今日、実は私はそいつを持ってなかった、という事実に直面したのだ。
実家を出てからの5年間、今日までずっと手元にあると思っていたし、あんなにもはっきり、工具箱周りの整理の度に目にしていた、気がするのに。ハンダゴテがワープスはずもきっとないから、架空のハンダゴテとの生活だったんだなあ。

2008/10/08

雰囲気とは。

住宅地図はゼンリンが人海戦術で一軒一軒の家の表札を見てつくっている地図だ。
ぐいーんとズームアップのその地図片手に歩き回ると
そのうち地図を見ただけで街並みや雰囲気を自由自在に引き出せるようになる。

4丁目の15街区と16街区では雰囲気がちがう。
15街区の中でも東側と西側では違うし、北側と南側でもちがう。

人々は分節化された街の雰囲気を全ての人がだいたい同じような具合で無意識に感じ取っている。
行く手の開け方なのか、道の広さなのか、見通しのよさなのか、建物のせり出し方や質感なのか。

一坪ン00万円とかいって。街区がちがうだけで坪当たりの値段が10万くらい違うもんね。
土地の値段って、その考え方、よくよく考えると不思議。
錬金術か?

2008/10/06

なんとなく

ビジネスの世界に入って半年たって、
最近は自分で営業先を開拓したりしなきゃいけないこともある。
完全に自分でっていうのは無理なので上司の言うとおりにする。

今日アポをとって訪問した会社の方に
「なんでうちの会社に連絡してきたの?」
って帰り際に聞かれまして、

「なんとなく」

と答えてしまった。

なんとなくって、アンタ。
正直にいったら、同行した上司がそこの会社にアポを取れって
言ったからなのだが、
「御社の評判を耳にしまして」
あるいはせめて、
「HPを見て興味を持ちまして」
などと言ったほうが
いいのかな、と考えてたら口が勝手に
「なんとなく」と発してしまった。

言ったそばから上司にも失笑され、
自分でも本当に恥ずかしい思いと、ばっかだなあと突っ込みをいれて
笑いたくなる気持ちと。

経済、ビジネス、この社会ってなんなんだろうって思う。
「なんとなく」
という発言が著しく不適切な摩訶不思議な世界。

2008/10/01

イマジネーション

三省堂本店にて「サイエンスイマジネーション」の出版記念鼎談。
kskくんと話してて、円城さんの黄色い本のおもしろいところを言い合う。
タタミの下からフロイトがいっぱいでてくるだの、
砂浜に立方体があるやつがさ、、とか。

で、さっきそのことを思い出していて、ふと、
でもあれは、そんな風に読者をおもしろがせる為に書かれてるのでは
ないんじゃないかな、と思った。細部のエピソードも、全体の構成も
言葉遣いも、おもしろがらせる為にあるのではないのではないか、と思った。
じゃあなんの為に、、というところまで考えた訳ではないのが。

それともうひとつ、kskくんと諸星大二郎は短編が面白い、黒田硫黄もね、と
話してて、楳図かずおはそれに比べて壮大というか、あの長さじゃなきゃ
表現できないものがあったんだろうねえ、(主に14歳をさして)
と自分が言い、kskくんが「ああ、そうだね」と、妙に納得してくれたので、
なにか、自分の言ったことに思いがけずハッとしてしまう。
自分が言った「その長さでしか表現できないもの」の、なんというか、
作品の体質ともいうべきものについて。

地続き

全ては地続きなんだ。